エスニックファッションはアジアンテイストの香りがする。大胆なのに嫌味がなく厭きの来ないエスニックファッション。なぜ人々に愛されるかを原点に返って検証します。
エスニックファッションとは、直訳すると民族の装いと言うことになる。それならば日本のエスニックファッションは着物と言えるだろう。着物は日本人という民族のファッションであるから、着物の時代における移り変わりや、人々との関わりを見ることで、広義のエスニックファッションを知ることができるだろう。民族衣装はその土地土地の気候風土に応じて、また、時代の変化と共にその国の発展に伴い変化してきた。たとえば日本と言う国ならば、この国の特徴として、四季があることだろう。冬は寒く、夏は暑い。春と秋は過ごしやすいが、微妙にその二つの季節は同じではない。そこで日本の民族衣装である着物には、その仕立て方に合理的な特徴があり、季節に応じて、袷・単衣・薄物と言う3つの仕立て方の違いがあり、中に着る襦袢にも同じように3つの仕立て方がある。そして、用いられる生地の素材には、絹・毛・綿・麻など生地の厚さや織り密度の違いで、保温力の違う布地が存在する。それらを上手く組み合わせることで、幾通りもの気候に対応できる衣服なのである。和服をただ単に色や柄がきれいな着物としか思っていない若い人たちには、是非知っていただきたい、着物と言う日本独自のエスニックファッションを見直して欲しい。エスニックファッション(民族衣装)とは素晴らしいものです!
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民族衣装であるエスニックファッションを、現代でも生活の中に残している国は少なくなった。日本の着物や韓国のチマ・チョゴリ、インドのサリーなどその国の象徴としてだけでなく、国民の生活の中で愛されている。一つの地球上のあちこちに民族と言う集落が点在するようになり、その地に根付いた国家が形成されてきた。その時点で、気候や風土に適した民族衣装の存在があったことは間違いないだろう。国家が形成されるころは、その国を取りまとめる指導者がいて、自然と言う驚異に対して平癒を望んだり、豊作のための雨を望んだり、人類の願望があるところには加持祈祷を司る者が存在する。それらは威厳や勢力を誇示するための道具として誇張された服装を好んだ。民衆の中では労働の際に適した服装に創意工夫が見られ、わずかな材料での装飾も施されている。それらの衣服がその土地の民族衣装エスニックファッションとして残ってきたのだろう。
子供のころアメリカの地で、世界各地の子供たちが集まるキャンプに参加した。その時のイベントでそれぞれが自国の民族衣装エスニックファッションで集い、その衣裳を交換し合うと言うものがあった。主催国であるアメリカの子供は自分たちの国に民族衣装がないと悲しんでいた。実はネイティブアメリカのエスニックファッションは先住民のレッドインディアン、西部劇で見られるあのスタイルなのだが、彼らの先祖はそれを否定していたのだ。
ファッションの世界で、エスニックファッションが流行すると言うのは、ある意味人間の本能が求める懐古趣味なのかも知れない。エスニックというカテゴリからのファッションに繋げようとすると、なぜかアジアンテイストのものがイメージされる。もはやエスニックというのは世界中のファッションメーカーにおいて、アジアをイメージするものと理解してもいいのかもしれない。日本もアジアの一部ではあるが、服飾の世界で言うエスニックファッションは、概ね東南アジアの色彩が強いように思える。原色の使い方や、大胆な柄、植物のモチーフなど、たしかに派手な感じがするけれど嫌味のない、厭きの来ない模様が多いように思える。これはアジアの民族が永年その土地の民衆に伝えてきたもので、時間によって洗練されていると言えるだろう。エスニックファッションのワンピースなどは年齢を超えて愛用でき、また着こなし次第で着る場所を選ばない。ぜひとも一枚持っていると重宝することだろう。そしてさらにもう一枚となるかも知れない。もともとの民族衣装ならば、天然素材の手織りの生地であっただろうし、染料も草木や昆虫・貝などの色素を使った天然染料であったと思うが、いまは収縮性や、堅牢度また、色の発色性からもポリエステルなどの生地を用いていることが多い、これは耐久性から見ても、生産性の上でも消費者にとって好まれるものだろう。ネット上でもたくさんのエスニックファッションの情報が見られる。
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